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「自分は小さな街の田舎者」スペイン期待の星ジョン・ラームの感謝と誇り

2018年5月1日(火)午後1:49

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 1994年11月10日、スペインのバリカでジョン・ラーム(スペイン)は生まれた。2016年にプロ転向し、2017年1月のファーマーズ・インシュランス・オープンで米ツアー初優勝を挙げると、同年7月のドバイデューティーフリー アイリッシュオープンで欧州ツアー初勝利をつかんだ。

「13歳か14歳の時にテレビに映る選手を見て、”自分もこうなりたい、大会に出て優勝したい”と言っていた。それがこんなに早く実現するなんて、本当に信じられない」
 

 デビューして間もなく活躍できたのは「僕みたいに究極の負けず嫌いな人間にとって、他の誰でもなく自分と戦うのがたまらない。それが楽しくて、練習でも常に自分と戦って日々上達していくのが楽しい」と本人が言うように、スペイン人ならではの熱い心、誰にも負けたくないという強い気持ちがあったからだろう。

 そんなラームがゴルフを始めたきっかけは、家族。週末に皆で楽しむので、幼かったラームもついていった。最初はたいして興味を持っていなかったが、ジュニア大会で優勝していくにつれ、どんどんゴルフに熱中していったのだ。
 

 12歳の頃に、ビルバオにある小さな練習場に通いだした。「最初に連れて行ってもらった時は、ここだけ?あとは?って感じだった。200ヤードの練習場で、コンクリートの上に人工芝が敷いてあるだけ。あとはバンカー。それだけ」と、ラーム少年には小さかった様子だ。
 

 練習場でコーチを務めていたエドゥアルド・セレス氏は「両親に連れられて初めてジョンがやって来た時のことを覚えている。優れたゴルファーであることは明白で、普通のスイングをする選手ではなかった。すごく変わったスイングプレーンを持っていた」とラームの才能に驚きを隠せなかった。

 セレス氏のもとで必死に練習したラームは全国レベルの選手となり、スペイン代表として海外遠征するほどの選手となった。その後、自宅から約1時間かけてゴルフ・ララベアというゴルフ場へ通い、よりスキルを磨いた。
 
左はコーチのエドゥアルド・セレス氏
 
 ラームがもっと練習を出来るようにと、両親はゴルフ場(10番ティー横)に部屋を借りた。「練習仲間とは、ショートゲームチャレンジといって、クレイジーな遊びに明け暮れていた。コンディションに関係なく、雨だろうと、寒かろうと。とにかく楽しかった。勝負のことも、勝ち方もそこで学んだし、それは一生の財産になっている」と、ここでの経験が今も生きているという。

 大学はアメリカのアリゾナ州立大学へ進み、輝かしい成績を残す。190cm近い身長、100kg近い体重から生み出されるパワーで勝利を積み重ね、先輩のフィル・ミケルソン(米)に次いで史上2番目の勝利数「11」を記録、大学ゴルフの年間最優秀選手に贈られるベン・ホーガン・アワードを2度受賞した唯一の選手となった。

 そして、2015年ウェイスト・マネジメント・フェニックス・オープンではアマチュアとして出場し、5位フィニッシュ。その年は世界アマチュアランク1位で終えた。
 
 

 2016年にプロとなり、2017年1月のファーマーズ・インシュランス・オープン最終日最終ホールで、長いイーグルパットを決め米ツアー初優勝。「最後に左に切れてカップに吸い込まれた瞬間、頭が真っ白になった」と記憶が飛ぶほどの嬉しさだったとラームは語った。
 

 勢いは止まらず、同年7月のドバイデューティーフリー アイリッシュオープンで欧州ツアー初勝利をつかみとったのだ。
 

 
「いまだに自分としては、人口1,200人の小さな町、スペインのバリカから来た田舎者だと思っている。ただ、自尊心はとてつもなく大きい。10年前に掲げた目標に向かい、それを達成した満足感がある。感謝の気持ちと、自分に対する誇りを感じる」と感情むき出して戦う熱い男は、地元スペインの期待を背負ってこれからも戦っていく。

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